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第91回『コミュニケーションデザインの研究と実践(8)AIはファシリテーションできるか?』

2018/09/20

  
チームビルディングの話をしよう
2015年4月から始まった連載コラム「チームビルディングの話をしよう」では、代表河村がチームビルディングを切り口にさまざまなテーマでいろいろな人と話し合った様子をお届けしています。
今回からは大塚裕子(ひろねー)さんをお招きして対談をお届けします。
 
大塚さんは現在、社会福祉法人喜慈会
子中保育園で副園長をされています。
http://konakahoikuen.com/
 
研究者の視点を持って保育園運営をされる大塚さん。
「コミュニケーションデザインの研究と実践」をテーマに、
複数回にわたってお話を伺っていきます。
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目次

 

河村 甚(写真右、以下じん)
フィードバック、難しいよね。

大塚 裕子さん(写真左、以下ひろねー)
ほんとに。
フィードバックは、俯瞰ができるという効果に興味があります。

ベテランファシリテーターの話し合いを分析したとき、話し合いをしてくれたファシリテーターのみなさんがビデオを見て「こんなことが起こっている」と繰り返し振り返りをしていました。

自分の話している最中をビデオで見ることは、効果的なフィードバックになると思うんです。手が加えられていないビデオについて、受け手がそれぞれに自分の見たいところ、フォーカスしたいところを見る。それぞれが見たいことを見て、そこから気づく。「記録の力」って、すごくあるなって思っています。

研究のいいところって、記録を大切にするところだと思う。事実を事実として蓄積するっていうことです。

じん
「事実を事実として蓄積する」。

ひろねー
どんな分野にも言えることかな。

行為や活動をありのままに記録して、データとして収集する。記録データを数値化する。なるべく解釈が排除されるように、分析して意味づけすることを頑張るというのは、研究以外の組織運営にも入っていくといいなぁって思ってます。

じん
すごくいいと思いますね。結構感覚値でやっちゃってますからね。

職人の仕事って、感覚値じゃないですか。
特に分析したりしてないけど、圧倒的にすごいことができる人みたいなのがいて、
その技を見て盗め・・・という職人の伝統。
ファシリテーションもそうだと思う。

職人の技術を、事実を事実として捉えたとき、
「やっていることってこれだよね」っていうことを事実から特定して、
機械がファシリテーションできる、なんてことも可能かもしれない。

素人でもファシリテーションがやりやすくなる、とか
注意しなくてはならないことが見えたら、それってすごいと思う。

現在は技術が進歩して、昔なら職人にしかできなかったことが、
仕組みに出来るとか、機械でも出来るというように変わってきている訳じゃないですか。

ひろねー
そうですよね!

一方で、コンピューターが“状況”を理解することは現時点では困難なので、仮にAIが学習してファシリテーターロボットが出来たとしても、所詮人間のファシリテーターにはかなわないと思う。

でも、ファシリテーターロボットができたら、それは、プロのファシリテーターの姿について事実を事実として蓄積して、事象を科学的に捉えたということ。そして、ファシリテーターの技術を見える化したということ。

「これは素晴らしいことだからやりましょう」と、誰かの、一つの、評価や価値観によって進歩させられるのとは違う。事実を事実として記録したデータやそれにもとづくロボットによる再現というのは、受け止める人によって、いろんな受け止め方で見ればいいわけですよね。公平な学び方になるかなーって気がします。

じん
なるほどね~。

ひろねー
だから、記録ってすごく大切だと思う。

 

AIではなく人間がやる仕事とは何か

じん
少し話が戻りますが、
「機械でファシリテーションできないかも」ということは、
人間がやる仕事って何か、ということかと思う。

AIに幻想のようなものがあるという話も出ましたが、
いろいろ技術が進歩した中で、
純粋に人間が人間としてやることのコアにあるものって何だろうと考えると、

考えること、とか
感じること、みたいなことは
すごくコアにあるような気がして。

考えたり感じたりすることを、
人間が大切にできるようにしていかなくてはならない。

普通の仕事の中でも、「考えちゃいけない」とかあるじゃないですか。

ひろねー
・・・えっ!? 「考えちゃいけない」?

じん
つまり、会社は「考えろ」って言うんだけど、
考えたことを発言すると、いや、違うって否定されたりとか
考えてはいけないカルチャーが出来上がっているということがある。

誰か正解を知っている人がいるなら、考えなくても
正解を知っている人がやればいいし、
その正解を機械に覚えさせてやらせればいい。

だけど、社会問題や、企業が直面している課題が複雑化しているし、
誰もそれに対する正解を持ってない。
 
人間が考えて、お互いの知恵を出し合って、答えを導かないといけないというときには、
一人の偉いボスが決めるとか、コンピューターにやらせるとかできない訳ですよ。

チームという意味でいうと、
複数の人が一緒に考えるというのは人間だからできることだし、
そこはすごく大事なのだということが、
もっと世の中的に広まっていってもらいたいという気持ちは強くありますね。

人間が話し合う必要があるし、考える必要がある。


ひろねー
よくわかります。

コンピューターが人間より得意で優れているのは、シンプルな言い方をすると、膨大な計算を一瞬でやるということです。

とても乱暴な言い方ですが、ウェブ上のデータ・・・テキストや数値、図・・・全部ひっくるめて、文字や記号の共通項の現れ方、出現の連続性や距離などのあらゆる特徴を学習した上で、
「共通して現れる単語や記号が多いから、この二つの事柄は似ている知識なんだろう」とか
「この記号の次には、この記号が現れる確率が高いから、連続した知識だろう」
というようにして、コンピューターは予測します。

膨大な知識は、コンピューターに集積できる。それをもとに、あたかも考えて判断したかのようには見える。では何が苦手かというと、状況に依存する判断。これはとても苦手。

例えば、保育園や会社でチームビルディングをしていこうとするとき、ある程度、そのための方針や留意点は共有できても、その方針や留意点をどういう状況に適応したらよいのかを判断することは人間にも難しい。判断する一人ひとりが目の前にしているこの瞬間の状況が、まったく同じ条件で起こることはほとんど無いからです。でも、人間は”なんなく似ている”ことや、本質的な類似性を判断して適応できる。

でも、二度と同じ条件では起こらない状況に対応していくのがコンピューターはとっても苦手。なぜなら、”今、ここ”にある状況というのは、どんなにデータを集めてきたとしても同じものはなかなか見つからないから。正解がない問題ほど解決のしかたも様々で状況に依存します。だから、人間がコミットしていかなくてはならない。

さっき、じんさんが「感じる」「考える」ことほど人間が頑張らなくちゃいけない、とおっしゃっていましたが、本当にその通りで、少なくとも現時点では、コンピューターにはできないんだから、人間こそが頑張った方がいいと思う。

今、AIで注目されているディープラーニングは学習の深部のメカニズムについてはよくわかっていないこともある。ただ、どんなに学習能力が優れていても、数値に落とし込んだものを対象にしている訳ですから、コンピューターはコンピューターです。

じん
データをとって、そのデータをベースに判断するわけですが、
どのデータをとるのか、切り取り方によって大きく変わりますよね。

デジタル化して切り落としている情報の中に
重大な要素があるかもしれないのに、でもそこはゼロイチの世界。

切り落とした中に、人間のセンスでは必要だと感じるけれど、
データとしては拾いきれないものも含まれているかもしれない。

ひろねー
そうなんですよ。
人間の中では当たり前すぎて意識化すらしないんだけれど対応できる・・・ということをコンピューターに再現させるのは難しい。

 

ベテランファシリテーターの話し合いを分析する

じん
ひろねーは以前、ベテランファシリテーターと学生の話し合いを分析されていましたよね。

ベテランファシリテーターでも学生でも人間じゃないですか。
でもきっとそこに違いはあるだろう、ということだと思うのですが、
実際には研究をどのように進めたんですか?

ひろねー
まず、ベテランファシリテーターの話し合いを、私のコミュニケーションデザインの授業を受けている学生に見せました。

話し合いは合意を形成することを目的にしたもの。
ベテランファシリテーターたちの合意形成の話し合いを見て、
「話し合いを評価する観点として、何が大切だと思うか、このビデオを見て、何が大切だと思うか話し合ってみて」
と、分析の観点を学生たちに考えてもらいました。また、その話し合いの授業もビデオに撮りました。

「最終的にどういう判断になった?」と学生に聞いたら、

「発散と収束がいつ起こっているか、プロの人たちは意識していないかもしれないけど、全く考えていない学生たちと比べると、発散と収束を考えて話している」とか、
「例示をうまく使う」、「例示を投げっ放しにするのではなく、例示から何を引き出すかというのを話す」などの意見が出ました。

あと、最初学生たちは、「会話が脱線すると良くない」と言っていたのですが、
「この発言を“脱線”として評価していいの?」と言い出した学生がいました。
「これは“脱線”じゃないんだよ」「これは大きな収束に向かっていく例示であり、これを例示として取る、話し合いの参加者や評価者の感覚が重要なんだ」と言い出したんですよ。

他にも、「頷きや相槌というのは人に因る、属人的なもので、それが良い相槌とか悪い相槌とか無いと思う」という意見もありました。
話し合っている様子を見て、始めは「人によって頷きとか相槌とか違うよね」「特徴的だよね」とか言ってたんですけど、最後まで見て議論を重ねた結果、
「頷きや相槌、話の脱線というのは、話し合いのときにした方が良いものだ、してはいけないものだ、ということは別に言う必要がない」という結論になったんです。

その結論ってすごいなーと思いました。

「コミュニケーションでは適度な頷きや相槌を返してあげることが大切です」「脱線はよくない」ってよく言うじゃないですか。だから、学生たちが表面的に通り一遍の議論をしているだけだったら「頷きや相槌は重要」とか「脱線しちゃダメ」という結論になると思うんですけど、そうはならなかったんですよね。

むしろ、「発散を作り出してるのは誰で、どうやって作り出したか」「いつ収束していったのか」「それをどういう言葉によって、どう設計しているのか」・・・ということが大切だという結論を出していました。

学生がそういう話し合いをして、そこから得たものを言語化してくれたのが、すごく良かったなーと思っています。

じん
そのビデオ見せてもらったね。けど忘れてた(笑)

ひろねー
大学の中で研究費をもらっていた研究テーマだったので、分析結果を学内で発表したんですけど、学生たちの気づきについて教員たちもすごく食いついてきましたね。ベテランファシリテーターの合意形成会話が本当に教材になっているね、と言われました。

もちろんある程度訓練された学生たちではありましたが、わたしが分析したものを学生に教えるのではなく、学生自身が考えて学ぶ、という機会になりました。

じん
ひろねーは、そういうやり方がうまいですね。

長い時間にわたり、有意義なお話を伺いました。
ありがとうございました。


<終>

次回は、対談と対談の間にお届けしている「河村甚コラム」です。
“組織を良くするための3要素”についてじんさんが解説します。




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