第68回『ノーベル賞受賞!イノベーションはどのように生まれ、進化するのか?』
2025年10月22日
2025年のノーベル経済学賞は、「イノベーション主導の経済成長を解明した功績」に対して授与されました。
受賞者は、米ノースウエスタン大学のジョエル・モキイア教授、仏コレージュ・ド・フランスのフィリップ・アギヨン教授、米ブラウン大学のピーター・ホーウィット教授の3人です。
モキイア教授は、技術革新が持続的な経済成長を生み出すための条件を、歴史的視点から明らかにしました。彼は産業革命以降、イノベーションが「偶然の発明」から「連続する進歩」へと転換した背景を研究し、科学的な理解と社会の開放性が不可欠であることを示しました。単に「動く」だけでなく、「なぜ動くのか」を理解できる社会こそが、次の発明を生む土壌となる――その洞察は、今にも通じます。
一方、アギヨン教授とホーウィット教授は、1992年の論文で「創造的破壊(creative destruction)」の理論を数学的モデルとして構築しました。新しい技術や製品が登場することで、古いものは市場から淘汰される。破壊でありながら創造でもあるこのプロセスこそが、経済を進化させる原動力だと説いたのです。彼らの研究は、経済成長の背後にある「競争」「自由」「流動性」のメカニズムを精緻に描き出しました。

スウェーデン王立科学アカデミーは発表の中で、「経済成長は自明ではない。創造的破壊を支える仕組みを保ち続けなければ、社会は再び停滞に陥る」と述べています。つまり、イノベーションは単に技術の問題ではなく、変化を受け入れ、対立を建設的に乗り越える社会の構造そのものにかかっているということです。
この「進化を促す環境」には共通する特徴があります。
イノベーションは“天才のひらめき”ではなく、“環境設計”の結果として起こる。社会や制度、文化が整えば、創造的破壊が自然に生まれる。
- 適度な競争
競争が強すぎず、弱すぎず、企業が挑戦を続ける“創造的緊張”がある。
→ Aghion & Howitt: Competition and Innovation(Inverted-U) - 参入と退出の自由度
新しい企業が入り、古い企業が自然に去れる流動的な市場。
→ 創造的破壊が循環する「経済の新陳代謝」 - 公正で信頼できる制度(法・契約・特許)
努力や成果が正当に保護されるルールがある。
→ 信頼が競争を支える基盤となる(制度的信頼) - 人的資本の流動性
人材や知識が組織間を行き来し、再結合が起こる。
→ 多様な知識の組み合わせが新しい価値を生む - 政策の柔軟性
国家や行政の方針が一方向に固定されず、多様な試みを許容する。
→ 社会全体で「実験する余地」を確保する - 知識の累積と共有
発明が個人のものではなく、社会の資産として蓄積・開放される。
→ Mokyr: Knowledge as a Common Good(オープンソース文化の源流) - 批判と対話の許容(文化的寛容性)
権威や前提を疑い、自由に議論できる環境。
→ Mokyr: “Culture of Growth” — 批判が進歩を生む文化 - 多様性と寛容
異なる考え・宗派・学問・文化を許容する社会では、知識の再結合が起こりやすく、革新が連続する。
→ 多様性がイノベーションの燃料となる(Mokyr 2025講演テーマ)
こうした環境が整ったとき、イノベーションは生まれ、持続的に成長していきます。
私たちチームビルディングジャパンが取り組む「有機的組織づくり」も、まさにこの考え方に重なります。人と人がつながり、意見が混ざり合い、試行錯誤を通じて新しい価値が生まれていく。固定化された役割や上下関係ではなく、信頼と自由の中で組織が進化していく。その姿は、経済の創造的破壊と同じ構造を持っています。
今回のノーベル経済学賞のニュースを見て、まさに私たちが扱っている有機的組織と直結する「環境と進化」についての功績が評価されての受賞だったので嬉しくなりました。
イノベーションは、天才のひらめきではありません。環境の中で起こるものです。変化を拒むのではなく、変化の中に次の可能性を見いだす。その積み重ねこそが、組織も社会も持続的に成長させていく力になるのです。
次回のウェビナーでは、この「イノベーションを生む組織構造」について、より深く掘り下げていきます。進化する組織に興味のある皆さま、ぜひご参加ください。